The Obedient Feelings 6                                           outside      雨のち晴れ


人間は弱くて、無力
傷つけて、泣いて
けれど、
そんな傷ついた心を癒すのも
やっぱり人間
自分の気持ちに左右される、そんな存在……


「麻衣、大丈夫?」
綾子は心配そうな顔で尋ねた。
「うん。平気。明日からしっかりとバイト行くよ」
昨日みたいな情けない姿は跡形もなく消えていた。
日曜日の夕方、珍しく2日連続で休んだ麻衣は綾子の家を後にする。
「じゃあ、気をつけて」
「うん」
綾子に見送られると、麻衣は下り坂を走り始めた。
昼間まで真砂子も一緒にいたのだが、午後から収録があるとのことで先に帰った。
本当は一緒に帰りたかったのだけど。
でも仕方ないのだ。


明日からまたがんばろっと


そう胸に言い聞かせて、家路へと急いだ。
背中に夕陽が当るのを感じて―――………



翌日。
天気のよい日だった。
学校が終わるとすぐにバイト先へと直行する。
その足取りは軽やかだった。
一方。
その正反対だったのはナル。
ジーンに言われたことが、心のどこかで引っかかっているらしい。
バカな、と自嘲した。
他人のことなんか気にしたことなんかなかったのに。
少なくても麻衣に出会うまでは……。

「こんちはー!」

満面の笑みでオフィスに入る麻衣。
先に来ていた安原は麻衣の姿を見るなり、綾子たちの作戦は上手くいったようだと言うことを確信した。
一応真砂子から聞いてはいたものの、やはり会わないと納得し難いものがある。
とりあえず麻衣の笑顔を見てほっとしたのだった。
「あ、安原さん!早いですね♪」
麻衣はニコニコしながら言う。
「ええ。今日は3限の講義が休講になったんです」
安原も負けじと笑顔を見せた。
「じゃあ、お茶入れますね。何かリクエストあります?」
「そうですね〜。じゃあ、アールグレイのアイスティーでも頼もうかな?」
そう言う安原の言葉に、笑顔で「わかりました♪ちょっと待っててくださいね」と言って麻衣は給湯室へと姿を消して行く。
安原は少しだけ安堵の表情を見せるが、これからが大変なのだなと心のどこかで思っていた。



アールグレイの紅茶が入っている缶を背伸びしてようやく手が届くと、てきぱきと紅茶を淹れる。
もうここで働き始めてからだいぶ年月が経っていた。
その間に覚えたことは多々あって、ナルに文句を言われつつもどこかこの仕事に愛着を持っていた。
そうして出会えた仲間がたくさんいて、このメンバーが大好きだなと思う。
ある一人だけはまた特別で。
他のメンバーは家族のようで、それに委ねられる自分がいて。
天涯孤独と言うとすごく可哀相な人のような感じを受けるが、私は至って幸せであり、この人生に満足している。
そう、ナルと出会わなかったらこんな幸せなかったんだろうし。
ナルと出会えたからこそ今の自分があるのだとわかっていた。
だから、感謝の意味も含めてナルに言いたい。
ありがとうって。

それから。




――――大好きだよ……って……。





その日の夜は幾人かの依頼を持った人との打ち合わせをしてようやく事務所を閉める準備に取り掛かった。
ふぅ………。
ため息をつくと、安原は「疲れましたか?」と一言声を掛けてきた。
「うーん、まぁ疲れたは疲れたんですけどね。この疲れは充実した疲れかなってちょと思ったんです」
私がそう言った数秒後、所長室のドアが開き、「麻衣、お茶」と相変わらずの言葉が降り注いだ。
「はーい」
この言葉を聞けば体が自然と動くようになっているらしく、疲れてても動いてしまう。
今日はちょっと疲れ気味だろうからと思ってハーブティーを淹れることにした。
カチッと言ってガスに火が灯り、冷たいやかんの内部の水が温められていく。
逃げていく水蒸気を見つめながら、私はあることだけを考えていた。
しばらくするとシュンシュンと言う音と共にお湯が出来上がったことをやかんが告げる。
熱いやかんから注がれるお湯をティーポットに入れて、私は所長室へと足を運んだ。



そう。


決戦はこれからだ――――……。

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